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限界を超えた領域

零戦」と「フィルム」
どちらも設計された工業製品なのだが、設計の意図を超えた使用を見つけ出し、それを武器に日々の仕事に取り組む男達のお話。

零戦

坂井三郎氏は第二次世界大戦での著名な日本人パイロットで、著書「大空のサムライ」は世界的なベストセラー。これと、それに続くいくつかの著作を読みましたが、マンマシンインタフェースを考える上で非常に示唆に富んだ記述が多いことは良く知られています。
なかでも「続・大空のサムライ」では、先輩パイロットの秘技を説明している記述の中で、「本来の設計なら失速するのだが、実際はギリギリ失速しない」いわば失速寸前の旋回で敵の後方に回り込む、限界を超えた戦法を紹介しておられます。

フィルム

ネストール・アルメンドロス氏は20世紀後半に世界的に活躍したスペイン人のキャメラマンです。トリュフォーの後期の一連の著作が有名。アメリカ映画の有名どころでは、「クレイマークレイマー」や「青い珊瑚礁」あたりかな。*1さて、彼の著書であり、彼が通り名の由縁にもなった「キャメラを持った男」なんだけど、これが実におもしろい。
この本で彼が繰り返し主張するのは「フィルムにはフィルムメーカーが奨励しない暗い露出値でも、何かが映る領域がある」(上図)ということ。そもそも彼は従来のハリウッド的な光を充分に当てて対象をモデリングしていく撮影(照明)技法には全く反対でした。当時のネオレアリズモの背景から、自然光で見るままに撮りたい(実はかなり難しい)。そして、それを独自の工夫と一作ごとにノウハウを貯め、誰もがたどり着けない領域へ進んでいく。
この本も人間の視覚認知論として、撮影の現場のプロフェッショナルの立場から示唆に飛んだエピソードが多い。
ぼくもアンダー気味の露出が好きで、仕事では好んで使うため記述に共感することがとても多い本でした。フィルムがCCDに変わっても、闇に仄かな光をのせる仕事は同じ。

2人の共通点


どちらもこの職業へ、非常に苦労して就いている

  1. いったん、海軍で砲兵として勤務した後、航空隊へ転属。大勢の中から選抜。
  2. イタリア、キューバ、ニューヨークを転々として、フランスへ。たまたまロメールの撮影でキャメラマンが目の前で辞めたので。

こう書くと軽いのですが、実際はすごくヘヴィーです。自分の夢に向き合うことの覚悟というものを知る上で、就職活動中の方とか読まれるといいんじゃないでしょうか?


自分が毎日使っている機械や技術に関して詳しい
ブラックボックスブラックボックスとして放置しない。
なぜそうなるのか、毎日の仕事の中でひとつずつ探求している。
マニュアルや人から聞いた話だけではなく、自分で感じた結果や得たデータを大切にしている。


ぼくがグラフィックの職場に就いたとき、先輩デザイナーに「デザイナーは印刷にあまり詳しくなりすぎないほうが良い。」ってアドバイスを受けて、なんだかなーと思ったのを今でも思い出す。技術の制限を知ると、自由な発想や表現が阻害されるという趣旨だったとは理解しているんだけど、やっぱり知った上で限界を超えるべきなんだと思う。限界を超えたわずかな領域は、毎日そこで戦っている人間にしか見えない。すくなくとも見つけることはできない。


デザイナーっていう職種は、日本語に翻訳すると「設計士」になると、ぼくは思うんだけど、物事の設計をする際に、その設計を超えるユーザーが現れることを忘れてはいけないなと思う。そしてそれを否定したり、使用を制限するのも良くない。
同時にユーザーとして、ペンタブレットや各種デバイス・デザイン支援アプリケーションを、設計を超えて使っているのかなと自問してみる。
達人は限界を超える。日々の鍛錬で。

大空のサムライ―かえらざる零戦隊 (光人社NF文庫)

大空のサムライ―かえらざる零戦隊 (光人社NF文庫)

キャメラを持った男 (リュミエール叢書)

キャメラを持った男 (リュミエール叢書)

*1:ぼくはロメールから入ったので、「モード家の一夜」が好き。