日本語が亡びるとき
長らくリクエストをしていた「日本語が亡びるとき」を読んでいる。
噂どおり、示唆に富んだ良書の予感。読み終えてしまう前に、途中で本を閉じ思い浮かんだことをだらだらと書いてみる。*1
ソファーや床などを移動しながらだらだらとしていたが部屋にもどりパソコンをつけエディターを立ち上げる。
さて、前置きとして、最近、国語としての漢字や、日本語にまつわる本を、気ままに出会いのまま続けて読んでいる。
白川静の、漢字から古代の人間意識に関わる一連の著作は、ジュリアン・ジェインズの「神々の沈黙」を思い出し非常に面白かった。共に証明が難しい話ではあるが、これくらい現代の常識に疑問を投げかける話の方が読書人としては正直愉しい。愉悦とはまさにこういうものだ。
一方で、「漢字と日本人」も再読。今読むとわりと常識的だな、という印象。必要以上に漢字を使わない表記などこの本から学ぶことは多い。ワープロ変換のまま「お疲れ様です。」とメール書く人が多く、そのたびに「さま」くらいはカナでいいのでは?と考えるようになったのはこの本のおかげである。高島俊男さん*2は兵庫県の方なのね。ウィキペディアを見てそう思った。出版社と揉めたり目を悪くしたり、自分の性格や老いと付き合うことは本当にたいへんだと思う。
その他、敬語の本や当用漢字、常用漢字について読む。特に、仕事に身が入らない日に、一日中、日本語のコード化の歴史や戦後の漢字制度の変遷をネットで見ていたりした。
そういえば昨年は年末に杉浦さんの公演を聴きに行ったりしました。
今読んでいるところは、
- 英語が「普遍語(universal language)」として世界へ普及する中、日本語は「現地語(local language)」として非対称な関係にある。
- かつてステータスの高かったフランス語も今では日本語と同じ側になってしまった。
- そのことをパリで公演した際に、日本文学は「主要文学(une littérature majeure)」であるといわれ何かが心に引っかかっていた。
- その後、長い時間をかけて理解が深まってきた。日本の現代文学が西洋文学の時間や意識などの概念を取り入れ成立、普及→主要文学化したのは稀有なことだった。
- 印刷文字(print language)の振り返り。
日本語、特に印刷された日本語について多読・濫読することは、まぁ平たくいえば中途半端な趣味でしかないが、少しは仕事のたしにはなるのではないかと強弁してみる。
もちろん私の職業は作家ではない。もちろん詩人でもない。ただ、大勢の人にわかりやすい日本語を提供する必要性に迫られる職場に勤務している。
デザイナーという職業はそもそもが西欧の職業であり、文字のレイアウト、書体、組版など西欧の歴史的バックボーンに大きく依存している。それでも、国語への取り組みがあった場合となかった場合の差は、上海の新聞を見たときにひしひしと感じた。主要文学になりえたのは、こと文学の世界だけではない。先人方々のの努力には頭が下がる。
さらに、グラフィックデザイナーであれば、コピーライターや編集者など、文章の専門化がいたが*3今勤めているゲーム会社では、ゲーム中の文言を考えるのはデザイナーの仕事なのだ。
そもそも個人的には、
デザイナーは自分のデザインする仕事ではその目の前を通る全ての文章に責任を負うべし。
という教えで育ってきた。
元文章が間違っていたから私には責任はありませんとは言ってはならない。
と教えられてきた。
だから相応に日本語には詳しくないといけないという強迫観念がある。
句読点はどうすべきか?項目の頭にアイコンをつけるべきか?改行はどこでするか?漢字かカタカナか?表記のゆれと統一。書体とウェイト。ゲームにはゲームのお作法があるし、解像度ごとの制約もある。WEBや他媒体との整合性など、考えなければならないことは年々増える一方だ。そしてそこまで考えた本当に正確で適切な原稿があったためしはない。まぁ前線はこちらだし仕方ないのだとは思う。
日本語が亡びるときのもうひとつの主役は英語である。
そして、英語への翻訳は、国内ゲーム開発の希望であり足枷であり絶望に思える。
実際、ゲームのローカライズは、文章を翻訳して終わりという単純なものではない。文化、風習の違いから、国内での大ヒットでも北米では売れなかったとされるソフトは多い。
おそらく全世界をターゲットとして「普遍語」で製作し、ローカライズ対象として日本語やフランス語があるという形がメジャーになって行くのだろうと思う。画一的で面白くないといわれながらも世界的なシェアを伸ばしてきたハリウッド映画と同じ道ではあるが、一方で映画同様インディペンデントも残って欲しいと願う。作家や詩人ほど個人的な創造物でないゲームにその贅沢が許されるかはきわめて難しいが、ひとりの制作者として強く願う。
- 作者: 水村美苗
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