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現場で台風、それも千載一遇の勉強や

そんなもんね、人の一生にいっぺん遭えるか遭えんかわからん台風でしょう。そんないい経験またとはないことですよ。そうそう、そうや、千載一遇の経験でしょ。風が入ってくるねやから、軒先が風で煽られて動くわけですよ。そしたらこの建物がどういうように動くか、どういう風に痛むのか。それを何で見とかんのや、ていうんですわ。仕事のしかたというのは自分ら自身でやってきとんねやから、ああいう仕事をしたから、こういう具合になんのやなと、ようわかりますがな。そんなん、立てっとらんだていうんだ。立てっとらんだら建物の陰へ行って、這いつくばっとたらええやないか。そういうて怒りつけても後の祭り。あれだけの台風や。宮崎としては四、五十年に一度の大きい台風やったんですから。ええ勉強になったのにねぇ。
       ───────数奇屋大工・中村外ニ(京の大工棟梁と七人の職人衆より)

実体験が技術を形作るという、非常に極端ではあるが、職人の生き様を語った貴重な例であり本である。
中村さんがお亡くなりになって十二年、もうそういう大工はいなくなったのかもしれない。けど、ひょっとすると、こんな台風の夜、藪の中で、這いつくばって屋根を睨んでいる職人がいるかもしれない。先人の仕口の技を少しでも盗もうとして。


そんなことを考えながら、ぼくはもう寝ます。

京の大工棟梁と七人の職人衆

京の大工棟梁と七人の職人衆