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長音騒動

書き文字の「ゆれ」について二回目。とりあえず、今日でおしまいです。けど長いな。水曜は代休消化なので長文です。

長音

〝ー〟を「音引き」と呼ぶのは、印刷業界(とその周辺)だけのようだ。一般には長音符というらしい。
森博嗣さんの「スカイクロラ」が〝空を這うもの〟であるように、理工学系では長らく音引きを省略表記してきた。*1


さて、この理工系特有の風習もどうやら変わって来そうな気配。

「ユーザー」や「ユーザビリティ」―HCD-Net理事会で決定した用語について


カタカナ用語のゆれ(注;ユーザとユーザーなど音引きの問題)が指摘されて久しい。2005年にテクニカルコミュニケーター協会が用語用法の調査を行いかなり整理されましたが(注;報告書が公開されている)、HCD-Netの理事会内では「ユーザ」と「ユーザー」などHCDにとって重要な用語が不統一に使用されていました。2009年に広報媒体としてパンフレットを作成するに当たり、「ユーザー」と「ユーザ」、「ユーザインタフェース」と「ユーザーインターフェイス」などHCDとして重要な用語についてはゆれを正そうということで、理事会内で議論を重ねました。
2010年1月の理事会において最終審議した結果、以下のガイドラインに示す4語が承認されました。当時の議論の記録と共に報告します。ここに掲載したカタカナ用語がHCD-Net内で広く活用されることを期待しています。

              ──────────HCD重要用語のカタカナ表記 ガイドライン より


一方、マイクロソフトは、

マイクロソフト製品ならびにサービスにおける外来語カタカナ用語末尾の長音表記の変更について
〜 新しい長音表記ルールに順次移行 〜

ルール変更の理由とメリット

  • コンピューターが広範に普及するにつれ、末尾の長音を省略する傾向の強い工業系、自然科学系の表記に対するユーザーの違和感が増大しています。市場のニーズとして、より発音に近い表記が求められています。
  • ハード/ソフト上の制約が技術進歩とともに解消され、より自然な表記が可能になってきています。
  • 読み上げソフト等、アクセシビリティ向上においても自然な発音が求められており、これが可能となります。
  • 採用ルールは新聞・雑誌やTVで原則とされているほか、同業界内の多くのメーカーで採用されており、ユーザーフレンドリーです。

          ──────────マイクロソフト株式会社 / テクノロジーポリシー

私自身は理系少年だったので、〝コンピュータ〟〝プリンタ〟で育ってきた。単語末の音引きなしは抵抗がない。一方で外国語大学だったので、外来語の元になる発音に忠実でありたいなぁとも思う。アンビヴァレンツ。結局その迷いから、このblogでは〝インタフェース〟の書き方が3回変わり、そのたびに全文検索をかけ、30分以上かけて丹念に変更してきた。繰り返すが、個人的には英語の元の発音に一番近い音であって欲しいと思う。だから〝インタフェイス〟が良いと思う。上記リンク先のHCDのコメントにも同じような意見がありちょっと嬉しかったな。その時点での国内の一番普及している用法に合わせるというのが見識だろう。MSはおそらくそういった基準で決定している。
だが、ヒューマンインタフェース学会はインタフェースと表記しているし、HCDにも知り合いの方は多いので、インタフェースにしようと思う。また、変わるかもしれないんだけどそのほうが気が楽なのだ。
そもそも、世界の歴史を見ても表記と発音が一致しないのは今に始まったことではない。と、屁理屈をつけてみる。

プレーヤーかプレイヤーか

これは、プレーヤーが広く使われている。一方でPlayStationのカナ表記がプレイステーションだったこともあり、コンシューマ畑では混乱があったように記憶している。もちろんSONYから何かいわれるわけではないんだけど、みんな気にしちゃうみたい。ハードベンダーはお強いのですよ。もちろん、今はそんなことはない。一般に誤用しやすいので誤植チェックの重点項目になるくらい。
SONYPLAYSTATION3のロゴが当初全部大文字だったりとか、わりとデザイン史や社会通念に沿わない命名やデザインを行うことがあるように思う。ただそれはイノヴェイターとしての自覚ある行為だと私は信じてはいるが。

エンタテインメントとシミュレーション

ついでだが、普段接することが多く、しかも間違われやすい外来語を2つ。
〝エンタテインメント〟は、私の記憶では〝エンターテーメント〟という書き文字が最初に登場した。次が〝エンターテイメント〟。
時間軸に沿って書き並べてみる。
〝エンターテーメント〟
〝エンターテイメント〟
〝エンタテインメント〟
もう10年近く前だったけど、ソフト開発関連会社の屋号がいっせいに〝エンタテインメント〟に変わり、当時必死に封筒の住所欄などアプリケーションの版下を修正していたのを思い出す。屋号を変えるという決断をやすやすとできるのは、一種イノヴェイティヴな心情なんだろうと今にして思う。当時の現場デザイナーは本当にたいへんだったのだけど。
残念ながらこの〝エンタテインメント〟はあまり普及していない。領収書を書いてもらうときに毎回苦労する。理念が習慣に勝つ道もまた厳しい。


〝シミュレーション〟もまた誤植の多い単語だ。〝シュミレーション〟と書かれることが極めて多い。simulationの接頭辞simulはサイマルと発音し、確かsynchronicityなどの接頭辞syncシンクと同じく同時の時間に関する意を持っていた気がする。
つまりはぜんぜん〝シュミ〟なんて発音ではないんだけど、この誤用は極めて一般に普及している。音楽シミュレーションゲーム開発の現場としては、要チェックの単語なのだ。

音引き雑考

ついでなんだけど、音引きについて雑考。

  • 行頭の音引き禁止の禁則

これってこの10年でホント廃れた。Adobe Illustratorの禁則処理では「強い」にしないと実行されないが、それでもデフォで実装された機能ですよ。
まぁ、雑誌なら仕方ない(昔のポパイもタイトルで行頭音引きあった!)と思うんだけど、ハードカヴァーでは勘弁してほしい。
もう一点、

  • タイトルなど、文字ツメをする際に音引きは80%長体をかけると良い場合がある

そもそも音引きは上下にひろい空間があり、横組み時に、欧文書体の発想でスペーシングを基準にカーニングを施すと、極めて困ったことになりがち。その際は棒をちょっと短くしてもいいよね。と、そういうお話。絶対ではなくて、あくまでより美しくするための工夫ということでお願いします。
以上、先人からの伝承として。やっぱり先生はエライと思うのです。


というようなことを浅野先生のblogをみてつらつら考えた。いつも勉強になるのです。

●関連サイト

*1:原則として3音節以上の外来語の語尾には長音符号をつけない、ということらしい。もちろん、発音しないわけではない。人にもよるだろうが。