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技術を残すこと、本『インフォグラフィックス』

インフォグラフィックス―情報をデザインする視点と表現

インフォグラフィックス―情報をデザインする視点と表現

ここのところ、毎日木村さんのインフォグラフィックスを持って歩いている。
電車を待つ合間に1ページ、バスの中で、仕事の合間に、寝る前になど、ふとした間にパタッとページを広げ、ちょっとだけ読む。こういう風に本を持ち歩くのって、そういえば以前もあった。松下幸之助の「道」だ。あれは実に思想的な本だった。この本もぼくにとって、やすやすと読み通し、本棚へ挿せるような本ではない。


「この本は、作品集ではありません」


確かにそうだ。
視点という言葉。モノを見る姿勢。


単なる最終のアウトプット、完成形をキレイに並べた本ではない。グルグルとした手書きのスケッチ。作りこまれたがやむなく捨てた案、一度世に出たが、数年後新しいデータをもとに更正しなおした作品。こんなに時間軸が前後に振れた本は見たことがない。丁寧な解説を読みながら、もう一度美しい図版をながめる。読んでいるだけで微細な思考のプロセスを辿ることができる。


いつの間にか、自身がデザイナーにデザインを教える立場になっていたが、正直、なかなかうまく行かない。ここ数年、特に最近、ヒドく悩む。*1
もちろん、教育には色々な形がある。その中で、自分ができそうなこと、自分がなさねばならない事を考える。
数学者や物理学者は公式で後世にその業績を残す。デザイナーは作品でその研究や技能を残すのだろうか?


いや、作品よりも技能が人を通して実際に伝わることだと思う。もちろん作品を丹念に見ることでよみがえる技能もあるかもしれない。
でも、人を通してダイナミックに実現できる状態で、ぼくらの技能が伝わって欲しい。だから次世代のデザイナーを育てる教育はとても大切だと思う。


でもなかなか伝わらない。
しかし、この本一冊を読んでいるだけで、ぼくは次のような事を語りかけられるような気がした。

  1. 必ず、手でスケッチを描くこと
  2. ラフであるということは雑なのではない、シンプルに構造や設計要素のみが描かれているということだ
  3. 手で直線や円が描けることは素晴らしいことだ
  4. 準備には時間をかける、作業は素早く行う、チェックや仕上げには時間をかける
  5. 資料にあたる インターネット上の検索だけでなく普段より自分用の資料集をメインテナンスしておくこと
  6. イデアは普段からメモをしておく
  7. 現実のものの見え方、人の感じ方に常に注意をはらい記録を取っておく
  8. 色などの見本は事前にいつも準備しておく
  9. 概念で話さず、現実のデータを入れて具体的に判断できるようにする
  10. 試作は大量に作ること できれば普段から色々な試作をしておくこと
  11. 案は必ず複数、できれば20くらい出してみよう
  12. どんな仕事でも、請けたからには〝のれる〟ところを見つけて、楽しみながらやるようにしたい。
  13. 出てきた現実に対して謙虚であれ(実際のデータをあまりごまかさないこと)
  14. 色には常に意味を持たせる
  15. ウソをつくときは大胆に
  16. 濃淡は美しくなるようにする
  17. 自分の好みも大切だが、常に読み手の立場に立って表現を選択すること
  18. 少しやりすぎるくらいでちょうどいい
  19. 安易に人間の暗黒面や欲を刺激する表現に頼らず、ユーモアや暖かみのある表現に取り組み、最終的にはポジティヴな印象が残るようにする
  20. ツールや手法がもたらす表現の奴隷ではなく、ささやかであっても自分の中にあるヴィジョンに忠実でありたい
  21. ツールには普段より練習を欠かさず、操作は限りなく無意識に行えるよう鍛え続ける
  22. 形を作る際は、先によく手順を考えること
  23. 正確に描画する とにかく正確に 数値で考え、図像を操作できるように脳を鍛えておく
  24. 複雑にしすぎない もっとシンプルなやり方がないか、常に考える
  25. セオリーや先人の知恵はよく知っておく
  26. 既存のルールは慎重に破壊する
  27. 自分の立てたルールには責任を持つ
  28. できたものをいちからやり直す勇気は常に忘れずに
  29. できあがったものが「自然」であるか、客観的に見る能力を持つ
  30. 理屈より自分の勘を信じる
  31. 仕事なので決められた時間以上に深追いはしない
  32. 失敗は潔く忘れるが、教訓は書き止めその後に活かす
  33. 作業手順は他人にもわかるように文章化しておく 未来の自分もまた今の自分からは他者のようなものなのだ
  34. 良いアイデアを思いついても、それはギフトだと意識する
  35. デザインという仕事に就いている幸運に感謝を忘れない


良い作品は灯火のごとく、後に同じ道を辿る人の、ときには足元を照らし、ときには遠方に輝き進む道を指し示す。
初出が雑誌の中の図案という作品も多く、離散しやすい資料をひとつにまとめた意味は極めて大きい。こういう本を残すことは、良い後進を世の中に残すこと同じなんだなとあらためて思った。
イデアだけでなく、元気を分けてもらえる本です。*2

*1:こんなのとか読むとね。

*2:でも、20年以上も前の作品でもこのクオリティ!と思うと、自らを顧みたら相当ヘコむなぁ。先週、昔の筐体を見せに倉庫へ行ったとき、初めて手がけたアーケード機の装飾ラベルを見た。勢いはあるけど、技術のなさや、正確さの欠如にたまらない気持ちになったヨ。あの頃は特色の分解も満足にできなかったし、曲線一本すら丁寧に引けていなかった。