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良いスタッフとして第一の才能

今野裕一ペヨトル工房について、説明しなくてはわからないというのが、もはや現代なのだろう。しかし『夜想』について、私ごときが語ることはほとんど何もない。そんなに何冊ももってないしね。だいたい、80年代のサブカルチャーシーンの中でのペヨトル工房の影響力や、一方でメインカルチャーというものが日本にあったとしたらのれはセゾン文化だったのか、体感として私にはわからない。さっぱりわからない。地方に在住していた私が80年代に熱心に享受していたのはマンガやアニメ文化だったのだ。オタク文化という一種の自虐的なカテゴライズすらなかった時代、サブもメインもなく、私にはそれしかなかったのだよ。


そんなブームも過ぎ去った90年代の中ごろ、今野さんには縁あって、一年間いろいろと教えてもらった事がある。そもそもは印刷や出版についてのゼミみたいなものだったが、演劇から雑誌のコンセプト作りまで、実に幅広いお話をしていただいた。


その中で印象に残った話を今日は書いておこうと思う。


一言でいうと、

そのスタッフがいなければ幕が開かないという重要なポジションにつく人は、病気にかからない、かかっても休まないということが第一の才能だ。
                   ────────スーパースタッフ 154頁

今野さんからはこれを失敗談として直接お聞きした。自分が演出を担当された劇の初日、病で欠勤した。現場は混乱する。日を変えることはもちろんできない。お金の被害も甚大だが、損なわれた信頼は今野さんひとりの問題ではない。つまりは、当日大穴を開けたということであり、これがフリーの人間なら、二度と仕事は来なくなり、事実上業界から抹殺される。

大切な日に休むヤツには、二度と仕事が来ない.

そういうことだ。
今野さんの場合も、数年は全くその業界の仕事はできなくなったそうだ。


その時の教科書が下記だった。

スーパースタッフ―ドキュメントN-PAC Workshop (Vol.1)

スーパースタッフ―ドキュメントN-PAC Workshop (Vol.1)


他に変えることのない極めて専門性の高いスタッフを、スーパースタッフとこの本では呼びたいというような話だったと思う。この本では狂言作者・舞台監督・ステージマネージャー・調律師・衣装など演劇や施設などのスタッフの現場やその育成について編された本だ。個々には変った現場、変らない現場はあるとは思うが、15年前の本にもかかわらずその内容にはあまり古さを感じない。


ゲーム開発に携わる人間の多くは、専門性が高く、代替が難しい場合が多い。そういう意味ではスーパースタッフだと言える。開発プロジェクトには大勢の人間がかかわっており、社内外大勢の人間の生活に対して責任がある。仕様の決定が1日遅れれば、ソフトFIXが一日遅れる。


もちろん、毎日は均一な時間の流れではない。休んでかまわない日もある。そういう日は通院で遅刻してもかまわない。有給だって取ったらいい。ただ、重要な一日を迎える時だけは、相応の緊張感を持って出社して欲しいのだ、という話をするとき、私はいつも今野さんのことを思い出す。


スーパースタッフに満たない新人にはいつも次のことを言っている。

月曜と期の頭と年始は絶対に遅刻・欠勤するな

一応、理由も書いておこう。

  • 月曜は土日に問題が発生した場合すぐに対処が必要。手が足りずバタバタしているときに、下のヤツが眠そうに遅刻してきたらどうなる?
  • 期の頭は決算の結果如何に部門長は相当な危機感を持っている。遅刻する人間はその危機感を共有していないとみなされる。罪を憎んで人を憎まずと行かないのが人間である。気をつけてね。
  • 年始の態度を重視するのは日本人の伝統。ここら辺は社風に依存するが、物事の始めはけじめをつけたいと私は思う。特に若い子は形から入って欲しい。行儀作法。


みんな思ってること。

大切な日に、
休む奴は悪だ。
休む奴はいらない。
残された現場の人間が、どれだけ困るか、一体わかっているのか。
どうしてそういう人間をこれから信頼できるのだ。


ちなみに、私は初めて入った会社で、おなかが痛いと遅刻し、カミさんと喧嘩をしてムカついたら欠勤していた。有給を使い切って、給料が減ったこともある。さすがにそれでは続かなかった。反省している。正直に自分の内面を見つめれば、この怠惰な本質は今も変らないと思う。困ったことだが。だから他人には寛大でありたいし、待ちたいとも思う。
私が休んではいけない日に休まないようになったのは、まさに今野さんのお蔭だ。ときどきWEBでお姿を拝見し、お元気そうでなによりと思う。