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自分の意思で筋電義手を使うには

ちょっと間が開きましたが、引き続き、筋電義手についてです。
前回のエントリー《残された可能性「筋電義手システム!」》で、私は筋電義手を『自分の意思で「動く」義手』と説明しました。

今日はこの「自分の意思で動く」とはどういうことか?について考えることで、筋電義手を使うにはどうしたらいいかを、前回よりも具体的に説明できればと思います。

筋電義手2ch

筋電義手にこの2つの動き「つかむ」と「はなす」という機能があります。この2つの動きを、手首を「内側に曲げよう」とする筋肉の動きと、「外側に反らそう」という筋肉の動きで操作します。

つまり、従来とは異なる神経の使い方をします。しかも、義手自体、モーターや金属を使用しており元の腕より重いので、従来より高いストレスのかかった状態で筋肉を操らなければなりません。


「それじゃあ、「自分の意思で動く」という話と違うじゃないじゃないか。」


暗然たる気持ちになるのもわかります。ただ、これを「それほど意識せずに」できるようになるまで訓練しないといけないのです。

実は「自分の意思で動く」というレベルでも、日常の生活では不便なのです。水を飲もうと思って、コップをつかむとき、手を開いたり閉じたりすることにそれ程意識は及んでいないはずです。蛇口を回して水を注ぐときも、右廻しか左廻しかを意識することもないはず。そんなことをいちいち考えてひとつづつ体を動かすとなると、時間がかかってしまい大変です。

人間はその成長の中で、かなりの運動を「それほど意識せず」できるように学習適応しています。定型の動きは雛形を作って簡略化しよう。最初にその雛形を呼べば後は適当にやってくれる。そんな都合の良い一連の動作手順を、脳の中の一種の配線として定着させているようです。この、配線をいったんはずして、新しくつなぎなおすこと、これが筋電義肢を使うために必要なことなのです。


「そんなことができるのか?」 「できない人もいるのではないか?」


当然、訓練が大変という面はあります。ただ、人間の脳には脳の中の配線が切り替わる機能がもともと備わっています。


「いや、そんなことが手術もせずに自然ににできるのか?」


できます。この脳の中の配線のつなぎなおす作業は、大人になってからも訓練次第で可能だといわれています。以下に関係していると思われる、例をいくつかあげます。

逆さメガネと切り離された指

例えば、プリズムの効果で、上下がさかさまに見えるメガネがあります。
心理学の研究で、このメガネを毎日かけて生活するという実験が時々行われております。最初は、歩くことすらままならないらしいのですが、2週間〜3週間ほどで、逆さの視界に慣れるて、正立状態で見えるようになるそうです。途中では顔だけ逆になったり、奇妙な感覚が発生するそうですが、最終的にはメガネをかけた状態で、上下が正しく見えるようになるそうです。つまり、視覚をつかさどる脳の部位が、長時間繰り返しその環境で見ることで、上下を逆にするように適応してしまうそうなのです。

また、進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線 (ブルーバックス)によると、人間の脳には親指なら親指に対応した場所があり、同様に体中の各部位が、それぞれきちんと対応した脳の領域があるそうです。さて、なんらかの障害で、第4指と第5指が癒着した状態の人の脳の活動を計測すると、通常の人なら第5指にあたる脳の活動域が、未分化の状態になっているそうです。そこで、この人の第4指と第5指の癒着を外科的に切り離して、リハビリテーションを行うと、1週間程度で、第5指に対応した脳の領域に分化の形跡が計測され、やがて通常の動作が可能になるそうです。

脳の可塑性と身体性の再構築

このように、脳の中では、既にあるものでも、変化し再構築されることがあること。
初めからあったのではなくて、ないところから新しく形成することがあること。
つまり脳の中の身体の制御に関しては、「可塑性」がどうも存在するようなのです。

もちろん、年をとってから悪い箸の持ち方を直すのは大変です。例えば利き手を変えるとなれば並大抵の努力ではできないと思います。ただ、これらはきちんとしたトレーニングを行えば矯正が可能です。

同様に筋電義手の訓練も、非常に大変ではありますが、きちんとした装具の調整と適切なメニューを繰り返しこなすことで、身体性の再構築を促し、自分の意思といえるレベルで義肢の使用が可能になるそうです。

フィードバック

残念ながら、義肢は生体ではありません。現状の技術では皮膚感覚を初め、多くの入力が閉ざされています。
ところで、先述の進化しすぎた脳―中高生と語る「大脳生理学」の最前線 (ブルーバックス)の中にあった例なのですが、昔の桶屋のように、物干しさおのような長い棒を肩にかけて行動していると、棒の先まで神経が行き届くような気がしませんか?その原因は次のように説明されています。まず、棒を動かすという行為(アウトプット)があり、それによる棒の動きを感じること(インプット)が、次の棒を動かす動きにつながり、さらにこれがまたインプットを生むという繰り返しの輪が均衡を生むということ、これをフィードバックといいます。実はそもそも人体自体がこのフィードバックによって体中のあらゆる働きを制御しています。このフィードバックの効果は、訓練により人体の外側にも拡張が可能なため、桶屋の棒の先に神経を感じるような芸当が可能になるのです。

宇宙でBS*1スペースシャトルのカナダアームを制御する際にも、小学生がナイフで鉛筆を削る際も、このフィードバックにより身体性を拡張し、本来の人体に付属していない外部機器をあたかも自分の体の一部のように「自分の意思で」使うことをなしています。(これは膨大な脳を持つ人類の特質で、この能力に優れていることが人類にここまでの進歩をもたらしたということだそうです)

新しい身体性のネットワーク

筋電義手の動きは、アナログではありません。筋肉を曲げ続ける間、モーターが動き、指先が曲がり続けます。入力がなくなればその状態で止まります。握手して痛くなるほどではないですが、トルクは結構あります。つまりそこそこ重いものまで持てます。この2chは排他的に動作します。開くときは一定以上開きません。さらに、反対側の通常の手を使い、義肢の手首の回転や、指先の稼動部のロックも補助的に使用できます。ここら辺は、今回ぼくが見学した筋電義手に関しての記述です。もちろん、細かな性能が異なる機種は色々あるでしょう。

フィードバックは主に2種類、視覚と体性感覚が残されています。視覚からは、筋電義肢の稼動部分の動作角度を知ることができ、腕の位置(空間座標情報)も視野の範囲で認識できます。もうひとつは、義肢の根元のインタフェースに密着する生体部分を通じた体性感覚です。この体性感覚により、指先にモノが接している状況から、腕の角度、腕を動かしている際の角度等、かなりの情報を得ることができます。視野の範囲外での動作においては体性感覚が有効です。また、筋電義肢が何かに接触した音も重要なフィードバックになるかもしれません。

このように、残った体と筋電義肢を使い、失われた腕にまつわる身体性を、再度ネットワークしなおし再構築することができるということなのです。


ただ、筋電義肢の装着には、良い装具士の方や、リハビリテーションの環境、そして身体性に関するリテラシーの再教育、もちろん金銭的な余裕が大前提であり、その上で大変なトレーニングが必要です。それはけして簡単なことではないでしょう。

一方で、装飾義手の方が見かけは元の状態に近づきます。見かけが本物に近いということが、身体性の維持に重要であることは、人間の視覚への依存度、ならびに認識優先度の高さから考えて当然かもしれません。上記の問題とあわせて、装飾義手を選ばれる方が多いのが現状とお聞きしました。

しかし、一番の大前提として、まずこうした情報を全く知らないため、選択しようがないという方が、まだまだいらっしゃるそうです。実際、兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所の方がNHKの特集番組に出演され、筋電義肢の説明するなど、積極的な告知に勤めているそうですが、こうした事故は事前に予測し情報を集めておくこともできかね、事故後にいざ知ろうと思ってもタイミングよく情報を手に入れることが難しいという事情もあります。YOUTUBE やニコニコで、こうした特集番組がいつでも見ることができるようになったら良いですよね。

最後に、もし、不幸にして手を失った状況でも、筋電義手という方法によって、以前とは同じではないにしろ、ある程度行動的な生活を再開できるということ。それは、どんな環境にあっても人間はそれを乗り越えようとチャレンジできるという力強いメッセージだと、私は感じたことを付け加えておきます。

また、さらに使いやすい義手についての研究は、現在も続いているとのことです。
これについては次回とさせてください。

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*1:ビルディング・スペシャリスト