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親のロールプレー

新幹線でB席に座っていると名古屋から親子連れが乗ってきて、席を替わって欲しいという。どうも、A席とC席の予約しか取れなかったようだ。
AB席とBC席のどちらがいいのか、聞くと窓際のAC席がいいと言う。
ぼくは通路側のC席にうつった。


笑顔が可愛い3〜4歳くらいの男の子だった。
こういうとき年齢を聞くのは本当に難しい。
3歳ですかと聞いて、本当は4歳だと、母親は子供の発達が遅いと非難された気になるそうだ。
だから、4歳ですかと聞いて、実際3歳だったりする方がましなんだが、あまりわざとらしいのも傷つける。結局、ちょっと神経質そうなお母さんだったので何も言わなかいことにした。
だいたい異なる個体の発育度が同一なんて生化学的にありえない。だから、子供の発達の差なんてどうでもいい。ぼくは自分の子供に対してですらそう思うんだけど、大多数の母親は自分の子供の発達に一喜一憂する。


母親はB席に座り、前のシートの背の裏に付いたテーブルを、ばったん、と降ろし、その上に色々と手荷物をおいた。これで、子供を窓際の席に閉じ込める即席の檻が完成だ。次に母親はPSPの形状を模したゲームウォッチ的な電子ゲーム*1を取り出すと一心にプレーを始めた。


子供は最初外の景色を見ていたがすぐに飽きるとニコニコ笑いながら立ち上がったり、あたりのものを触ったりうろうろしたりし始める。
あまり見たくはないのだけれど、子供の熱心な動きと笑顔につられて見続けてしまう。


多分ぼくには子供の欲求が手に取るようにわかったと思う。
この年齢の幼児の脳は、外界を認識した欲求でいっぱいだ。
従って母親は幼児に話しかけ、外界認知を促す手伝いを求められている。


しかし、母親はクリスマスの広告を取り出して、しゃれたボールペンでマークを始めた。


幼児は母親からの反応が全くない状況で、次々に行動をエスカレーションさせる。
潜水艦がパッシブソナーでは状況がわからないので、アクティブソナーのピンを打つが如く。
椅子の上に進行方向と反対向きに立ったり、ジャンプをしたり、全席の客席の乗客の頭を触ってみたり、雄叫びをあげたり、床下から脱走を企てたり、後席に落ちそうなほど乗り出したり。
そのたびに、母親はお尻を叩いたり叱ったりを繰り返した。


やがて、11時を過ぎ、母親はお昼にすることにした。母親のお弁当は、八兆味噌を使った味噌カツ弁当。
子供も同じくカツなのだけど、小さなパックに入ったカツサンドだ。食欲に勝るものはないと見え、食べる間だけは静かな幼児を横目に、ぼくは眠ることにした。


うっすらと開いた視界の中で、子供は最後までニコニコと笑っていた。

*1:関西で言うところの「パチモン」「バッタモン」