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第3回情報デザインフォーラム

デザイン インタフェース

サイト上に公表

増井俊之さんの講演。
増井さんがどういう方か、前日までにあまり存じ上げなかったので氏のサイトに一通り目を通しておいた。
今までの講演のパワポがあがっているのでざっと目を通す。


ぼくも講演の内容を全部ネットにあげてしまうことには賛成。ぼくの経験でも、実際こちらが話すことをあんまり熱心にメモを取られても、書くことに集中していて本当に頭に入っているのか心配になる。メモは本当に気になったキーワードやセンテンスだけでいいんじゃないかと思う。あとでそのメモがトリガーになって頭の中で再構築されたことが理解であって、それは講演の内容と必ずしもイコールにはならないんだけど、それが身につくってことなんじゃないでしょうか。誤解もまた理解の一形態なわけだし。
だいたい、その熱心に取っているメモ、本当にあとで読んでいるのでしょうか?
ぼくはblogのエントリーでも書かない限り多分読まないなぁー。
だから、「あ、書き忘れた、一体なんだったのか知りたいよ。」とかけっこうこだわっちゃう人のために、講演のパワポをネットに全部あげとくっていうのは良いんじゃないでしょうか。ぼくもいくつかの講演に関してはまだできてないけど、そうしなくてはと思っていたところだったのです。


あと、「それじゃあ、実際に参加する人と差がでないのでは?」っていう指摘もあるよね。実際参加費や交通費、参加に要する時間などコストは大きい。コストを払わない人がコストを払った人と同じなのは納得がいかないっていう考えはあるかと思う。それに対するぼくの答えは3つある。

  1. 実際に参加して直接話しを聞くことは、あとで要綱をネットで読むことよりも情報の質は圧倒的に違うはず。何しろライブなわけだし。まぁ、CDの方が聞きやすいっていう人もいらっしゃるとは思うけど、ぼくは人と人の出会いが生むエネルギーのほうを重視します。バシッと思いついたりね。声に反応することってあるんですよね。
  2. 人前で話すということは、ぼくの場合何よりも多くの人に伝えたいことがあるからであって、別に商売じゃない。*1それでもいいたいことがあるし、くだらないかもしれないけど、知りたい方はどうぞご自由にということが基本的スタンス。そういえば、ぼくたちが10代後半から20代の始めの頃のコンピューターを取り巻く文化というのは、グローバルビレッジ思想とかパブリックドメインとかコピーレフトとか、わりとハッピーな自分たちのアウトプットはシェアするべきだしそれが一番状況の進歩に直結するっていう信念というか宗教というか信条というかそういう雰囲気があった。今では仕事で知的所有権が云々なんてことも多いけど、こと趣味に関しては好きにやらしてもらいたい。
  3. それに、「コストを払わない人には教えないでねっ」ていう考え自体が小さいというか、あんまり共感できない。そもそも人間の能力は平等ではない。だから同じコストを払っても、同じ成果は全く期待できないのだ。だからかけるコストが違っても、同じ程度のアウトプットを得たりすることだってあるし、むしろより少ないコストで大きな果実を得るって幻想が、そもそも発明や発見の原動力だったりするわけじゃないの?


話が脱線しました。


増井さんのお話

増井さんのお話はだいたいこんな構成*2

  1. Apple勤務時のエピソード
  2. 思いついたら即WEBサーヴィス
  3. ユビキタスコンピューティングに発明が必要
  4. パネルディスカッション


まず、今回の参加者が「iPhoneの開発者」の話しを聞きにきているという状況を鑑みて「Apple話し」から開始。

  • Appleは大学のキャンパスみたいにきれい。
  • 職場は個室が支給される。Googleは個室じゃないんだよね。
  • ジョブスが復帰してから、研究所は全て廃止され目先の開発しかしてない。
  • 極度の秘密主義なんで他部署の詳細は全く不明。噂すらないんで、そういう意味では退屈な会社。
  • Appleで仕事をしたのはiPhoneの日本語変換の設計のため。これはソニー時代に発明したPO・BOX予測変換が元になっている。

POBox参考サイト
POBox情報
POBox−Wikipedia

  • 予測テキスト入力もインタフェース。
  • AppleではiPhone向けに、たくさんインタフェースの案を作った。
  • 結局「これでいきましょう」と現在の形になったが、マルチタッチは個人的には不満だった。
  • アメリカの表示周りのデザイナーは日本語なんかわからないし、ありえない提案をしてくるので説明に苦労した。
  • アメリカでは黙っていたらばかだと思われる。
  • でも説得はたいへん。


その後個人で行っているWEBサービスの紹介
本棚など個人的にお世話になっているサーヴィスやこれから使ってみたいと思うサーヴィスも多々ある。

  • イデアが思いつくたびにドメインを取りサーヴィスを始める。
  • →結果は自分の研究に生かせる。
  • それに儲かるかもしれない。
  • Googleからはまだオファーはないが。
  • WEBサービス、認証なし、にするのは誰でも導入できるから。

●ほぼ今回と同じ内容なのでこれを順番に見ればOK
ユビキタス時代のユーザインタフェース─情報処理学会ユビキタスコンピューティング研究会招待講演 (2009/3/4)

  • 情報の視覚化。眺めるインタフェース。大量にスナッピング たとえばデータ。ヴィジュアライジングデータ。

●情報の視覚化など、今回のお話に出てきたキーワードはWiredVisionの記事にも詳しい
大きなデータを眺める


話しとしてはシームレスにユビキタスコンピューティングの話しへ移行

  • mixi mocha
  • 捜査手法の工夫
  • TVとヴィデオの関係 TVを見ていて操作はヴィデオを向けないといけないのは、直感的ではない
  • ウィンドウの開け閉め 元に戻せる ウインドウを閉じるのは直感的にもとにもどせない
  • CDケースを置くと再生 上記46
  • CD-FAX機 上記47

ここらへんは「ひとこと」でいってしまうとTUI(タンジブルユーザインタフェース)だと思うんだけど、難しい言葉を使わずに、具体的な試作品で概念を明確に伝える姿勢はすばらしいと思った。

  • 歴史的に見て、便利なシステムは最初障害者向けと思われたものが多い 上記48
  • →例)タイプライター:そんな字もかけない人向けのものみたいな。
  • 実世界GUI Invisible Computer 見えないほうが良い。
  • マウスフィールド
  • プログラミングやハードウエア制作の敷居がものすごく下がっている。
  • 全てのブラウザにJAVAスクリプト実行環境があるってことはすごい。
  • 全世界プログラミングですよ。


情報デザインフォーラムの運営の皆さんからコメント&質問
一番端に座っていたぼくからになった。焦る。

コメント:
ソフトとハードの敷居がすごく下がったというご指摘は、私にはよく理解できます。プロトタイピングに関しては一種のユートピアと呼べる状況にあると思いますが、必ずしも大勢にはそうと受け入れられていない。有効なプロトタイピングが行われていない。ぼく自身こうした状況をもっと改善できるように身近なところからでも努力していきたいと考えている。

───というようなことがいいたかったのだが全く伝わっていないな。

質問:
アップルを始めとした開発環境で、機器設計時にユーザーの主観時間に関する明確な仕様策定はありましたか?
答え:
開発者同士で話すことはあったが、明確な仕様策定はない。

───やっぱり、ないんだな。


その他の方との応答から気になったフレーズをピックアップ

  • ユピキタスコンピューティングの開発では、世の中にないものを作るのだから、
  1. ユーザーは要求しない
  2. ユーザーは何も求めていない
  3. ユーザーを待っていてもダメ
  • 自分のできないことに関して発明する。→絵がうまい人はペイントシステムを作らないのでは?→●peruさんのblogから紹介
  • ハッカーの心理:めんどくささを減らすためならどんなめんどくさいこともする
  • アップルではプロトタイピングが充分にはできなかった。秘密主義で充分なサンプルがなかった。すぐに反応があることが大切。→だからネットで新しいサーヴィスを提供してみる。20人の反応で何がわかるか疑問。論文ならせめて2万人くらいの反応を見ないと。
  • メーカーの今の開発では、サイクルが長いのが問題。
  • ユピキタスコンピューティングの
  • ちょっとの努力で使えるものを見つけることが大切。
  • 良いイディオムを増やして行きたい
  • それには発明が必要。例えばマウスのような。

雑感

本当に良いデザインは民主的に成立しない。
というように最近思う。
個人の情熱というか、やむにやまれぬ気持ちが重要だと思っている。
革新的なイノヴェイティヴなものはたいてい「プロダクトアウト」であって「マーケットイン」ではない。
そう思う。


そういう意味で、
「今日来た人には酷な内容の講演。」
というある方のコメントはまさにそうかもしれないと思った。
「両雄の対決が見れただけで元を取った。」
というコメントも気が利いてるな思った。
巨人と群集。プロダクトアウトとマーケットイン。
ただ、どちらかに偏向するのでなく、必要に応じて相補的でありたい。巴紋のように。

巨人の時間

TK-80はソフト屋が使うしろもの。ぼくらは当然いちから基板を設計して作ってました。
当時は本当に何もなかった。電気街で拾ってきたプリンタレジスタは、ジャンクなんでもちろん仕様書なんてない。だから1ピンずつ電圧をかけて動作を確認し、回路を設計しプリンタドライバを書く。そういう時代に比べたら、今は何にもしなくて良いんです。
本当に誰にでもアイデアさえあれば、プログラムやハードウエアをすぐに作れる時代が来ました。

その後、パーティでご挨拶したときに増田さんと少しだけお話ししました。


確かに、自作プリンターに比べたら、USBコネクタであらゆるセンサーが提供され、アクションスクリプトで簡単に操作できる環境はユートピアだと思う。
そんなパラダイスにいても、MZ-2000のI/OBOXを自作しようとして途中で挫折しそのまま25年が過ぎたぼく程度では、gainerですら気力を高めていかないとキツイ。やっぱり普段から体を動かしてないと心理的抵抗が高くなってしまう。少しやれば昔の感覚が甦るとは思うのだけど。


ましてや、子供の頃に半田ごてはおろか、豆電球すら点けたことがない若い人たちに、こうした電気系のものづくりの感覚を期待するのはけっこう骨が折れる。基礎がないから、多分、USBのコネクタ不良程度でフリーズですよ。
これはエンジニアリングだけじゃなくて、デザインやゲームのアイデアだしレヴェルでも日々感じること。
一種の絶望感。
増井さんのような人にあうたびに、すごく嬉しく楽しくなる。反面、巨人のスケールの壮大さを思うと、酷な言い方だけど才能のたりない人、あんまりわかってない人、子供の頃に手を動かした経験のない人に、いくら教えても無駄なような索漠たる気持ちになる。



翌日の夕食後、TVで妻が隣で医療ドギュメンタリーを観ていた。一般に植物人間といわれる麻痺状態の患者の脳に手術で電極を挿入し、電気による刺激を脳に与え続ける。そうして数ヶ月すると4割程度の患者に何らかの反応が現れるらしい。時間がかかっても一歩ずつ進むことが可能な、人間の強さを改めて思った。


やっぱり、ワークショップをこまめに行い、体験によって意識の拡大を行うこと続けていくしかないなんだなと。

関連エントリー

●参考サイト

*1:だいたい人見知りするたちだし人前で話すのはあがるから嫌なのだ。

*2:話しの流れで前後したエピソードは少し編集しています。