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映像を超えるブックデザイン

インターミッションの終わりでアイビスが今から物語る物語の名前を告げる


「タイトルは『ブラックホール・ダイバー』……」


次のページに目をやる


白い紙に中央上揃え縦組みで黒い文字が浮かび上がる


第四話 ブラックホール・ダイバー


はっと息をのむような感動がある





読書体験が極めて映像的になるように設計演出がなされた本だと思う。
プロローグやインターミッションの地の文は、教科書体系を小さく使いレイヤーがひとつ下がることを示し(1行43文字22行)、物語の地の文は小説らしい明朝体をメインに、メールや手紙などレイヤーがひとつ上がる文章にはゴシックを用いる。(1行45文字22行)
また、それぞれの題字は、役割に応じて適切な主張をする書体がたくみに選択されている。
紙面のスペースの強弱を視覚で感じ、指で頁をめくる触覚と時間の経過が全て脳内で一致したとき、えも知れぬ全知覚的体験を生む。
このときブックデザインは、あきらかに映像を超えていると思う。*1


だから、安い文庫本を読みたくはないし、ましてや断裁してデジタル化することで、リアルスペースを広げることを、ぼくは良しとはしないのだった。いや、問題外だよ。


装丁は、角川書店ACデザインルーム。企業内デザイナーが良い仕事をしているのを見ると励まされる。夜空は一等星のみで美しいわけじゃない。ACは何の略だろうか?ぼくたちの世界では、ACはアーケードゲームを指し、業務用、即ち、ゲームセンターの機器開発を意味する。もちろん、この場合は違うんだろうけど。


地から覗く白い栞を見る。昨日の晩から読み始めたが、まだ半分以上残っている。今週もヘヴィーだった。休みの日にも、やりたいこと、やるべきことはある。が、この土日はしばし些事を忘れ、至福の時に心身の回復を願う。

アイの物語

アイの物語

*1:書体の乱用は慎みたいが、変化自在は大いに歓迎したい。ムナーリのことばの最後で、ラジオ専門のアートディレクター夢想していたことを思い出す。語り口には相応の表現が可能。しかしそもそもそれだけの仕事のなんと減ったことか…。編集者が編集をせず、アートディレクターが決定への意思を持たない。しんどいことを持ち出しでもしようとする人間が本当に減った。