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筋電義手システムについて

みなさんは、義肢について何かご存知でしょうか?
私は今日、兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所におじゃまして、色々と体験させていただきました。
まず、重要な事を先にまとめます。

  1. 手が切断されても、自分の意思で「動く」義手が存在します。
  2. 特に筋電義手は、見かけと操作性を両立しています。
  3. 切断後何年経過したあとでも、訓練次第で筋電義手の装着は可能。

次に、この文章はあくまで私の聞き語りなので、内容の責任は私にあります。文章を読んで不快に思ったり、反対したいことがあれば、私にコメントしてください。幸いコメント欄もあるし、私の認識や書き方に誤りがあると私が思えば、修正のうえお詫び申し上げたい。くれぐれも兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所に、非難のメールやクレームなどをしないで欲しい。この文に非があるとすれば、それは私にあるのです。

さて、そんなややこしい枕をつけてまで、なぜこの文章をおもちゃやデザインがテーマのブログに書くのかというと、「どうしても伝えたい!」ことがあるからなのです。それに、義肢というもの自体、インタフェースデザインに大きくかかわっているのです。今日はそこまで述べれませんが。


現在日本で、手が切断された人に対して、病院の医師はどんな治療をしているのか?
もちろん外科的な治療は施す。そして、その後「装飾義手」の紹介をする。

 →以上、おわり。

結果、現在義手を装着している人の90%がこの「装飾義手」を使用しているそうです。「装飾義手」というのは、見かけが精巧に作られた義手です。(下記で義手の分類や特徴を述べます)だけどこれは手が動かないのです。そして、ちょっと前までは、この「装飾義手」の紹介すらしないお医者さんがいたというのです。(絶句)

もちろん、「装飾義手」自体が悪いというのではない。ただ、手がなくなって、とても困っている人に対して、全く選択肢が提示されていない状況に、本当に驚いた。ちなみに今は21世紀で、ここは先進国の日本です。


兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所・研究第四課義肢装具士の松原さんにお話を伺ったところ、現在日常生活用に使用を想定した義手には次の3種類があるそうです。

①装飾義手


外観の復元を第一義に考え、軽量化と見掛けの良さを計った義手。手は軽く閉じた状態で、自立的に動かすことはできない。
現物で見ても、かなり本物に近いです。

ぱっと見た感じではまるでわかりません。

  • 実際に持ちましたが、かなり軽い印象でした。
  • 保険の適用が可能

②能動義手

主として上肢帯及び体幹の運動を、義手の制御のための力源に利用し、ケーブルを介して専用の継手、手先具を操作するような構造の義手。具体的には、肩甲骨を開いたり閉じたりする動きを、体に巻いたストラップでワイヤーに伝える。ワイヤーは自転車のブレーキワイヤーと同じように中空な金属の管の中に鉄線が通っており、先端部に動きを伝える。

子供たちが体験装着をしました。

  • 50年以上も歴史のある義手のため、製造方法や運用に関して充分なノウハウがある。
  • 先端が金属のため、非常に細かい作業も可能。針を持つことすら可能。
  • 装着の際に義手の制御の基点となるようにストラップを装着する必要がある。その際、上着等を脱ぐ必要がある。
  • 保険の適用が可能
  • 先端部は動きが伝わったときに開くA)ボランタリーオープンB)ボランタリークローズの2種類がある。
A)ボランタリーオープン

  • 筋肉に力を入れた状態で先端部が開く。
  • はさむ力はゴム。従って、重いものを持つためには強いゴムが必要。

→ゴムが強いほど開くためには強い力が必要なため、装着者の生活環境や筋力に応じたゴムの選定など、装具全体の調整には義肢装具士の力量が必要なのだろうか。

B)ボランタリークローズ

  • 筋肉に力を入れた状態で先端部が閉まる
  • 筋肉を収縮することと先端部が閉まることが対応しており、これは筋肉の働きに即するため、導入が易しく、柔らかなものを持つことに適している。
  • Aに比べて先端部の機構が複雑になり、重量が増える。
  • 持った状態で常に力を入れ続けなければならないことが不便。(ロック機能はあるが)

→全体の運用面でAが優れているため、現状はAの利用が多いそうです。

筋電義手


この写真は試作品なので、現在実用化されているものの外観はもっと本物っぽかった。
義手の継手および手先具の操作力源に小型直流モーターを用い、断端の筋電位によって制御する義手。

  • 装飾義手には劣るものの、人体を模した外見を持ちながら、能動義手と同じように動作を制御することが可能。
  • 親指・人差指・中指の3本が、開く・閉じるの2チャンネル制御可能。
  • モーターとバッテリーがあるため、先端部にかなりの重量がある。
  • かなりの握力を発生させることが可能。訓練すれば、ビールのケースぐらいまでは持てるそうです。
  • 目視によるフィードバック。訓練すれば、ポテトチップの袋を空け。ポテトチップを食べることだって充分できる。
  • 上着を着たまま装着が可能。(目の前でワンタッチで装着されました)
  • 1回の満充電によりだいたい昼間1日の連続使用が可能。
  • 30年前からある技術のため、安定性・信頼度は高い。
  • 保険の適用外のため高価


どうです?
装飾義手以外にも、色々な選択肢があるとは思いませんか。

ぼくはデザイナーとして、いやしくも両の手を使ってものづくりをする人間として、手の身体性が喪失することに、限りない恐怖をおぼえます。そして、もし事故で手を失った場合、少しでも手の動きを維持できる、能動義手か筋電義手を使いたいと思いました。
また、筋電義手で生活されている方の映像資料も拝見したのですが、熟練することで事務所で指先を見ずに引き出しを閉めたり、前を向いたままフォークリフトを運転したり、プライベートで買い物をしたり、想像以上に自然な振る舞いで生活されていることに感動しました。
たった一日、数時間見学させていただいただけでは、リハビリテーションの大変さまでうかがい知ることすらできません。けれども筋電義手できちんと訓練すれば、現在のPCとマウスを使ったオペレーション程度なら、なんとかデザイナーとして職場復帰の可能性に希望を感じます。
「うちはスパルタですから(ニヤリ)」とおっしゃった松原さんは、ちょっと迫力がありましたが、優しい眼差しには確かな自信と患者さんへの愛を感じました。

また、筋電義手は幻肢がないと操作しにくいのでは?とのことですが、最初の取っ掛かりに幻肢があった方がよいが、なくても目視のフィードバックで操作の糸口をつかむことが可能であり、最終的に到達する操作性において、幻肢の有無は関係なくなるとのことです。
従って、切断後何年経過したあとでも、訓練次第で筋電義手の装着は可能。とのことです。

さて、筋電義手は高価ということですが、実際140万円以上するそうです。また、2つあるセンサー部は、1個10万円するそうで、夏場は1〜2個汗で故障交換が必要だったそうです。(数年前に改良され、現在、故障はほとんどなくなったとのこと)もちろん、経済状態は人によって異なりますが、装具が自分に合うかわからない状態で、おいそれと出せる金額ではありません。

しかし、この兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所では、9年前からこの筋電義手の導入に積極的に取り組み、行政に対して地道な働きかけを継続し、保険適用外の壁を少しずつ乗越えてきているそうです。当初は、申請書を書いては棄却され、書いては棄却されと何枚となく書類を書いていたのが、導入後の実績の高さを認められた結果、現在ではこちらで装具のリハビリテーションを行うことを条件に、かなり認可条件が緩められてきているそうです。ただ、装具を使用して雇用状態にあることも条件の一つで、これが主婦の方への導入を阻んでいると松原さんは眉を曇らせておりました。

昨今の地方分権の強化により、兵庫県が独自に交付基準を設定できるようになったことも大きいそうです。それもやはり松原さんたち兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所の皆さんが、長年装着の実績を上げられてきたからではないでしょうか。


義肢研究の現状と未来や、装具士にとって一番の問題など、お聞きしてきたことはまだまだああります。機会を見て続きを書こうかと思いますが、今日のところは以下の3点を再度強調しておきます。

  1. 手が切断されても、自分の意思で「動く」義手がある。
  2. 筋電義手は、見かけと操作性を両立している。保険がきかず高価だが道はある。
  3. 切断後何年経過したあとでも、訓練次第で筋電義手の装着は可能。

心当たりの方は、兵庫県立福祉のまちづくり工学研究所にご相談してみてはいかがでしょうか。